この記事の結論
・金額が上がると審査項目が増えるのではなく、同じ項目の「説明の精度」が上がる
・見られるのは、返済原資・自己資金の厚みと出どころ・設備投資の根拠・運転資金・経歴との釣り合いの5つ
・借入額を削れないときは、金額ではなく「順番」を変える
「理想の店を出すには、1,000万円では足りない。でも、そこを超えて本当に通るのか」
修業を10年、20年と積んだ方が独立に踏み出すとき、最初にぶつかるのがこの問いです。
500万円や800万円で通っていた計画書と同じ書き方では、1,000万円を超えたあたりから届かなくなります。ただし、それは公庫が新しい審査項目を追加してくるからではありません。
金額が上がると、何が変わるのか
日本政策金融公庫の創業融資(新規開業・スタートアップ支援資金)の融資限度額は7,200万円です。金額のレンジごとに審査項目が公表されているわけではなく、「1,000万円を超えたらこの書類が追加で要る」という線引きもありません。
変わるのは、担当者が求める説明の精度です。
借入額が大きくなるほど、毎月の返済額は増えます。返済額が増えれば、それを賄うだけの利益を出し続けられるかという問いの重みが増す。だから「たぶん行けます」が通用しなくなる。それだけのことです。
大型の申込みで、精度を問われる5つ
1. 返済原資が、年間返済額を上回っているか
返済の原資は売上ではなく、利益+減価償却費です。原価と経費を払ったあとに手元に残るお金のことで、この金額が年間返済額を上回っていなければ、計画としては成立しません。
目安は、軌道に乗ったあとの月間利益が月々の返済額の2倍以上あること。ぎりぎりの計画は「返せない計画」と読まれます。
1,200万円を10年で借りれば、月々の返済はおよそ10万円。ここに利息が乗ります。この金額を毎月生み出す売上と利益の構造を、席数×客単価×回転数×営業日数で組み立てられているか。まずここです。
2. 自己資金の厚みと、出どころ
公庫の現行制度に自己資金の下限は定められていません。それでも審査では必ず見られます。目安は投資総額の3割、最低ラインで1割です。
そして金額と同じくらい、貯め方の履歴が見られます。毎月コツコツ積み立てた跡が通帳に残っているお金は、金額の評価に加えて「計画的に準備できる人」という経営者評価につながります。
逆に、申込み直前にまとまって入った出どころの説明できないお金は、金額以前に信頼の問題になります。退職金や保険の解約返戻金であれば、その資料を添えてください。
3. 設備投資の内訳に、根拠があるか
大型の申込みで必ず聞かれるのが「その金額、何にいくら使うんですか」です。
金額の羅列では答えになりません。担当者が知りたいのは、なぜその設備が必要で、なぜその金額なのか。
設備ごとに、金額・用途・必要な理由をセットで書く。そして可能なかぎり、客単価や回転数といった売上の前提と紐づける。「修業先と同じ型番」「業界標準より一段上」など、判断の基準を示せると、金額の妥当性が伝わります。
4. 運転資金を、削っていないか
大型の計画でいちばん多い抜けが、ここです。設備に資金を使い切り、開業から客足が安定するまでの数ヶ月を耐える体力が計画に入っていない。
家賃・人件費・仕入を払い続ける資金として、固定費の2〜3ヶ月分を計画に組み込んでください。業態によっては、もう少し必要です。
5. 経歴と投資規模が、釣り合っているか
自己資金150万円で総投資3,000万円。この構造は、夢の大きさではなく数字の構造で苦戦します。開業初月から月30万円超の返済を背負う計画は、「貸したら潰れてしまう」と読まれるからです。
逆に、修業歴が長く、前職で売上や原価の管理まで担っていた方は、その経験そのものが投資規模の裏づけになります。「前職の店は席数18で月商○○万円、原価率は○%で回していた」——この一文が言えるかどうかで、同じ設備投資でも説得力が変わります。
金額を削れないときは、順番を変える
希望額に対して自己資金や経歴が足りないとき、取れる手は「削る」だけではありません。
居抜き物件・中古厨房・リースの組み合わせで一段階目の店を設計し、営業実績を作ってから、追加融資で理想の内装や次の展開を取りに行く。実績のある店の追加融資は、創業時よりはるかに通りやすくなります。
創業時の計画書に、まだ実績のない多店舗構想を書き込む必要はありません。この一店舗をどう成立させるかを、数字で示すことに集中してください。
物件契約のタイミングに注意する
物件が決まっていないと、売上の前提も設備の金額も置けません。一方で先に本契約を済ませてしまうと、契約金の分だけ自己資金が減った状態で審査を受けることになります。
実務的には、仮押さえの段階で計画を詰め、公庫に事前相談をしたうえで本契約のタイミングを決めるのが安全です。ここを一人で進めて、順番で損をする方が少なくありません。
よくある質問
- Q. 飲食店の創業融資で1,000万円を超えることはできますか?
- A. 可能です。ただし金額が上がるほど、自己資金と返済原資の説明が細かく見られます。設備投資の内訳と、その投資が売上にどうつながるかを数字で示せるかどうかです。
- Q. 自己資金がいくらあれば1,000万円超を狙えますか?
- A. 一律の基準はありません。目安として投資総額の3割、最低でも1割。加えて、そのお金の出どころを通帳で説明できる状態にしておいてください。
- Q. 借入が多いと、開業後に何が起きますか?
- A. 毎月の返済が固定費として乗ります。売上が計画に届かない月でも返済額は同じです。席数と客単価から、返せる上限を先に計算してください。
まとめ
1,000万円超の創業融資で問われるのは、特別なテクニックではありません。返済原資、自己資金の厚みと出どころ、設備投資の根拠、運転資金、経歴との釣り合い。この5つを、金額に見合う精度で説明できるかどうかです。
そして、そのどれもが計画書の中でつながっている必要があります。売上を直せば返済が変わり、借入額を見直せば設備計画が変わる。全体を何度も往復して調整したかどうかは、読めば分かります。
理想の店を、理想のスケールで出す。その一回を、計画書の詰めの甘さで落とさないでください。
なお、創業融資は「一人で公庫に行って交渉するもの」とは限りません。公庫と日常的に連携している税理士が計画段階から関与すると、数字の整合性と書類の質が上がり、審査は格段にスムーズに進みます。当事務所の審査通過率が100%(事前協議で見極めた案件)なのは、提出前に審査目線で整えるこの工程があるからです。
この記事は飲食店の開業・創業融資ガイドの一部です。資金の全体像、物件と設備、創業計画書、融資の申込までを準備の段階順にまとめています。